会長声明・意見
「民事裁判手続のIT化における本人サポートに関する基本方針」の見直し及び制度の周知を求める総会決議
2025/02/26
当会は日弁連に対し、
1、「民事裁判手続のIT化における本人サポートに関する基本方針」(2019年9月12日)について、各単位会に意見照会したうえ、本人サポートを提供するか否か、提供する場合の内容を含め、各単位会の実情に応じて見直すことを求める。
2、制度の周知を図るため、ITを利用することのリスク及び本人訴訟の場合には従来どおりITを利用せずに民事訴訟手続きができることを積極的に広報するよう求める。
第2 決議の理由
1、はじめに
民事裁判のIT化は、2025年度から本格施行となる。
日弁連は2019年9月12日に「民事裁判手続のIT化における本人サポートに関する基本方針」(以下「基本方針」という。)を発出し、また、民事裁判手続きのIT化を導入する民事訴訟法改正後に「民事訴訟法等の一部を改正する法律の成立についての会長声明」を発出した。
これらによると、日弁連は、IT技術の利用が困難な当事者本人がIT化された民事裁判手続きを利用できるようサポート業務(以下「本人サポート」という。)を提供し、これが国民の裁判を受ける権利の実質的な保障のため必要というのだから、このままでは2025年度の本格施行とともに、弁護士会は具体的な内容も曖昧なまま本人サポートを提供せざるをえなくなる。
しかしながら、弁護士会が提供しうる本人サポート業務は、国民の裁判を受ける権利を実質的に保障するものではなく、むしろ、利用する本人に対しても、これを担当する弁護士に対しても、不合理な負担とリスクを負わせる等、様々な問題を孕むものである。
そこで、当会は日弁連に対し、本人サポートについて単位会に意見照会をするよう求め、また2022年(令和4年)7月1日に「民事訴訟のIT化に関する本人サポートについて慎重な審議を求める意見書」を発出して本人サポートの要否をあらためて審議するよう求めたが、日弁連は、単位会に対する意見照会をせず、また本人サポートの要否を理事会において審議していない。さらに、これらの問題点を、国民及び日弁連会員に対して説明していない。
2025年度の改正民事訴訟法本格施行までは期間がなく、このままでは、単位会としての意見を表明する間もなく、本人サポートが実施されることになってしまう。そこで、当会としては、山口県の住民及び山口県弁護士会会員の不利益を防止するため、やむをえず、本総会決議をするものである。
2、基本方針について
(1)基本方針自体が、法改正後の見直しを予定していること
基本方針は、民事訴訟IT化の内容も法改正の内容も定まっていない2019年に発出されたものであり、当時から時期尚早との意見も強くあったため、「本人サポートについて,弁護士又は弁護士会によるサポートの具体的な内容は,IT化に伴う法制度の見直しの方向性が明確になった段階で公的機関によるサポート体制の充実度との調整を図りつつ改めて検討すべきことである」としている。
そこで、2022年(令和4年)改正法によって当事者本人にはITの利用が義務化されないことが確定した以上、基本方針は見直されるべきである。
(2)基本方針策定の目的が果たされていないこと
基本方針は、上述のとおり時期尚早との意見が強くあるなか発出されたものであるが、その時点で発出した理由について「司法アクセスの充実や非弁活動の防止の点からも,この段階で基本方針を明らかにすることが必要」としている。
しかし、2019年からすでに4年を経過し、民事裁判IT化の本格施行が2025年度に迫っている現時点においても、未だに「司法アクセスの充実や非弁活動の防止」の内容が明らかにされていない。
さらに、「本人サポート」として具体的になにをするかということすら、なんら明らかにされていない。
従って、そもそも2019年に基本方針を発出する正当性はなかったといわざるをえない。
(3)裁判所が民事裁判のIT化を推進し、裁判所がIT化におけるプラットフォーム及びシステムを構築し管理するのであるから、ITを利用した民事裁判のためのサポートを提供すべきは裁判所である。
然るに、民事裁判のIT化が本格施行される際に、どのようなシステムが採用されるのかは未だに明らかにされておらず(本格施行後には、現在利用されているteamsやmintsと異なる「TreeeS」と称するシステムが使用される予定である。)、未だ裁判所のサポート体制も明らかになっていない。さらに、現時点においても、裁判所が採用したteamsへの接続で全国的にトラブルが頻出している状況であるし、mintsの試行も進んでいない。
この状況では、弁護士会が本人サポートの提供を約束することは無理である。
そこで、基本方針は、見直されるべきである。また、見直しにあたっては、各単位会に対して意見照会し、各単位会の実情に応じ、本人サポートを提供するか否か、提供する場合の内容を含めて見直すべきである。
3、本人サポート利用者(本人訴訟の当事者)に与える不利益について
(1)民事訴訟法改正法では、本人訴訟の当事者には民事裁判におけるITの利用が義務化されていないため、IT技術の利用が困難な当事者は、従前どおりの紙を利用した裁判をすることができる。
それにもかかわらず、本人訴訟の当事者が、ITを利用して裁判しなければならないと誤信して、またはITを利用することのリスクや負担を認識しないまま、本人サポートの申し込みをするときは、本人が意図しない不利益を被るおそれがある。そこで、本人の不利益を防止するため、制度の周知として、民事裁判においてITを利用することのリスク、及びIT技術の利用が困難な当事者は、従前どおりの紙を利用した裁判をすることができることを積極的に広報すべきである。
(2)ITを利用した裁判は、従来どおりの紙を利用した裁判に比べて、当事者本人は、サポート費用、裁判所へのIDとパスワードの登録、ID・パスワード流出のリスクといった負担を求められる。
(3)書面の受領について、従来どおりの裁判であれば、相手方当事者からの書面や書証が送付されてくるのに対し、IT化された民事裁判では当事者本人またはサポート担当者が電子的通知を確認して書面と書証をダウンロードしなければならない。そのような電子的通知を見落とすリスクもある。
(4)書面や書証の提出について、従来どおりの裁判であれば当事者は裁判所に対して自ら書面や書証を提出することができる。ところが、IT化された民事裁判では、機材の不具合や操作ミスによって、例えば、裁判期日にネットワークに接続できない、大切な証拠をスキャンする際に用紙送りが原因で破損してしまう(例えばホチキスを外し忘れて書類送り装置にかけた場合を想起されたい。)等のトラブルのリスクを負担することになる。また、画像や動画についても、裁判所のシステムにアップロードできるようにファイル形式やファイルサイズを変更する必要に迫られ、当事者が思ったとおりの画質で裁判所に提出できない場合がある。
(5)本人サポートを利用した本人訴訟が増加すれば、それに比例して、非弁業者による被害も拡大することが懸念される。
IT化された民事裁判が本格施行された場合、これは国策であるうえ、効率を最大化するためにはITの利用の拡大が必要となるから、政府及び裁判所は、本人サポート及びIT化された民事裁判の利用を推進するはずであるし、マスメディアによる報道がなされるはずである。これに司法書士会及び日弁連が競って広報することも考えられる。
このような広報によって本人訴訟が増加すれば、これに比例して非弁業者による被害の拡大が懸念される。とくに、IT機器の提供や利用方法の教示などの純粋な電子化支援サービスである形式サポートについては、基本方針も認めるとおり法曹資格は必要がないから、形式サポートに名を借りた非弁行為の増加が想定され、これを防止することは、ほぼ不可能である。
(6)国民の裁判を受ける権利の実質的な保障という意見について、従来、弁護士会が会として本人訴訟をサポートしてきたことはなく、従前の訴訟にITという選択肢が加わったからといって裁判を受ける権利に影響するとは考えられない。
また、仮に本人サポートを提供する拠点を都市部に置くのであれば、裁判所でのサポートを受けうる当事者に、重複してサービスを提供するにすぎず、裁判を受ける権利の実質的保障にはつながらない。一方、仮に裁判所から遠く離れた過疎地の当事者や病気等で家から出ることのできない当事者のために弁護士が出張サポートをするのであれば、裁判を受ける権利の実質的保障につながりうるが、弁護士会として、本人訴訟のために、そこまでの対応はできない。
4、本人サポートによる弁護士及び弁護士会の不利益について
(1)そもそも弁護士はIT機器に関する専門家ではなく、弁護士会が本人サポートを提供することにより、担当する弁護士は、本来業務とは関係のない業務でトラブルに巻き込まれるおそれがある。
しかも、本人サポートは、委任関係を前提としないから、委任関係と比べて十分な信頼関係がなく、トラブルに巻き込まれる危険が高くなる。
(2)機材・システム等に起因するトラブルのリスクがある。
IT機器は機械自体の不具合が起こりやすく、また操作ミスを起こしやすい機械である。さらに、不具合が生じたときに、その原因が、操作ミスにあるのか、現在操作している端末の不具合なのか、回線の不具合なのか、裁判所側のシステムの不具合なのかすら、容易に判別できない。
そのため、機材・システム等といった、弁護士業務とは関係のないところで、サポート担当者がトラブルに巻き込まれることになる。なお、近時、マイナンバーカードの不具合が多く報道され、またイギリスでは長期間にわたってシステム障害が発覚しなかったことが原因で多くの冤罪事件が生じたと報道されている。仮に裁判所のシステムに同様の不具合があれば、サポート担当者が当事者からのクレームや賠償請求等のリスクにさらされることになる。
(3)当事者本人のID・パスワードの管理等に関する負担及びトラブルのリスクがある。
本人訴訟をサポートするため、サポート担当者は、当事者本人のID・パスワードを聞き取って適切に管理しなければならない。このこと自体も負担であるが、仮に当事者のID・パスワードが流出した場合、客観的には別に原因があったとしても、当事者本人からはサポート担当者による流出が疑われるリスクがある。
また、相手方当事者から書面・書証が提出されたことの電子的通知をサポート担当者が管理するとすれば、その管理の負担や、通知を見落とすリスクがある。
(4)重要証拠のデータ化に関するトラブルのリスクがある。
上述のとおり、書証をスキャンするための書類送りの際に書類を汚損する場合がある。また、動画や写真をアップロードする際のファイル形式やファイルサイズ変更を迫られた場合、当事者本人が「サポート担当者が証拠資料の画質を落とした」等の不満を抱くことは容易に想定されるところであり、敗訴の責任がサポート担当者に押し付けられかねない。
(5)「サポート」の内容が不明確であることによるトラブルのリスクがある。
基本方針は「法的助言などを伴う法律サービスとセットになったサポート業務(実質サポート)は,弁護士のみがなしうることであり,弁護士又は弁護士会が担う必要がある。」といい、これは日弁連が対外的に発表している方針である。
しかしながら、ここにいう「サポート」の内容は、現在に至るも明らかにされておらず曖昧であって、「サポート」の限界が不明であるから、サポート担当者と利用者との間で想定する「サポート」の内容に齟齬が生じ、トラブルにつながるリスクがある。
ところで、IT化された民事訴訟においては、裁判所のシステムにつながっている端末自体が法廷となる。例えば、当事者本人がサポート担当者の事務所に来て、事務所の端末で裁判所につながり、画面上に裁判所・相手方当事者がいる状況で、法的助言などを伴うサポート業務を求められる場合、これが「サポート」の対象外であることが明確でなければ、サポート担当者は、代理人としても打ち合わせや準備ができないにも関わらず、実質的な代理業務をしなければならなくなる。しかも、代理人ではないから、代理人としての着手金・報酬は請求できない。現に、サポート業務の料金は法律相談料よりも低廉にせざるをえないという趣旨の日弁連執行部の発言もある。
なお、本人サポートを訴訟代理業務の受任につなげるとの意見もあるが、ITの利用が義務化されていない本人訴訟において、法的アドバイスを伴うサポートをするとして誘引しておきながら、真に必要な場面で代理業務の受任を迫るという方法は、いわゆる悪徳商法と異ならず、弁護士の品位を害するおそれがある。
(6)本人サポートが広報されることによって、訴訟代理業務が減少するリスクがある。
上述のとおり、民事訴訟のIT化が本格施行された場合、国及び裁判所は、本人サポート及びIT化された民事裁判の利用を推進するはずであるし、マスメディアを使った積極的な広報がなされるはずである。また、司法書士会と弁護士会とは、競い合って広報するはずである。そうすると、ただでさえ減少傾向にある訴訟代理業務が、程度の差はあるとしても、さらに減少する結果になる。
(7)本人サポートは非弁行為の温床となる。
上述のとおり、形式サポートには法曹資格を要しないから、形式サポートの名目による非弁行為の拡大が懸念される。そして、このような非弁行為を防止することは、ほぼ不可能である。また、上述のとおり、政府・裁判所・マスメディア・司法書士会・弁護士会による本人サポートの広報が予想され、これによる本人訴訟の増加に比例して「形式サポート」に名を借りた非弁行為が増加することが懸念される。
このような非弁行為の増加を防ぐため、弁護士会は、本人訴訟の場合には従来どおりITを利用せずに民事訴訟手続きができること、従って有償のサポートを利用する必要がないことを積極的に広報すべきである。
(8)弁護士に対する社会の信頼が失われる結果になる。
上述のとおり、当事者本人は民事裁判においてITの利用を義務付けられていない。それにも関わらず、有償の本人サポートを提供し、広報することによってITの利用に誘導し、その挙げ句、当事者が上述した様々なトラブルに巻き込まれた場合には、かえって弁護士に対する社会の信頼が失われる。
(9)弁護士会が本人サポートを実施するには費用及び人員を負担することになる。
費用面では、機材の準備、サポート拠点を賃借する費用、IT機器及び民事裁判のシステムについて第三者をサポートできる事務職員を新たに雇用する必要もある。特に、当会では、少なくとも岩国・周南・山口・宇部・下関の5拠点及び各拠点における機材及び事務職員が必要になる。
人員面では、上記の事務職員に加えて、本人サポートを担当する弁護士の登録が必要になるが、当会では、そもそも自らが対応できるかについての不安の声もあり、自らの対応に不安はなくても本人サポートを批判する会員も多い。従って、サポート担当者となる弁護士を確保できないことが懸念される。
5、以上のとおりであるから、当会は日弁連に対して、基本方針等の見直しと、本人訴訟ではITを利用せずに民事訴訟手続きができることを広報するよう求める。
以 上
2025年(令和7年)2月14日
山口県弁護士会
2025年(令和7年)2月14日
山口県弁護士会