会長声明・意見

選挙を停止して国会議員の任期を延長する憲法改正案に反対する会長声明

2024/04/08
1、衆議院憲法審査会において審議された憲法改正案

 令和5年(2023年)12月7日の衆議院憲法審査会において、憲法改正に向けた次のステージに入ることが提案された。すなわち、国政選挙を実施できない「緊急事態」と内閣が判断した場合に国政選挙を停止し議員の任期を延長するという憲法改正案について、次の令和6年(2024年)通常国会では具体的な条文の起草作業のための機関をもうけ、条文起草作業のステージに入るということである。選挙は、国民が主権者としての意思を示すための極めて重要な機会であるから、その重要性に鑑みて選挙が停止されるという効果に着目し、以下、この憲法改正案を「選挙停止案」という。
 当会は、選挙停止案の必要性がないこと、条文起草作業の前提となる立法事実が憲法審査会において十分に議論されているとはいえないこと、選挙停止案は重大な危険を含む改正案であることから、選挙停止案に反対するものである。以下、説明する。

2、選挙停止案の必要性がないこと

 そもそも、憲法は、衆議院解散後の緊急事態について、参議院の緊急集会を予定しているのであるから、選挙停止案の必要性がない。
 しかも、上述のとおり、選挙は国民が主権者としての意思を示すための極めて重要な機会である。そして、国民主権下にあっては、議員を含む公務員は国民が選挙によって選定・罷免する可能性をもつことを前提に、その存在を認められるものである。
 このような選挙の重要性に鑑み、参議院の緊急集会の規定(憲法54条2項)を衆議院の任期満了のときにも類推適用するなどして、緊急事態に対応すべきであって、選挙を停止するという内容の憲法改正は許されないというべきである。

3、実質的にも、衆議院憲法審査会の議論において、国政選挙を実施できないような緊急事態が具体的に想定されているとはいえない。

 例えば、2011年(平成23年)の東日本大震災の際にも1ヶ月後には全国の94%の自治体で選挙を実施できたし、第二次世界大戦中である1942年(昭和17年)にも帝国議会の総選挙を実施できた。ライフラインの復旧についても、南海トラフ地震及び首都直下地震についての内閣府などの想定によれば災害の日から概ね1週間後には、ほとんどすべてのライフラインが復旧するとされている。
 このような状況を踏まえてもなお、長期間にわたって選挙を実施できない場合や参議院の緊急集会で対応できないということが想定できるのかについて、衆議院憲法審査会において、具体的な事実をもって議論されているとはいえない。
 すなわち、条文起草作業の前提となる立法事実が、十分に議論されているとはいえないのである。

4、選挙停止案は重大な危険性を含む改正案であること

 選挙停止案には国民の権利・自由が失われる危険がある。すなわち、内閣及びこれを支える与党議員が国政選挙を実施できないような「緊急事態」であると認定しさえすれば、事実上、いつまでも「緊急事態」を延期して国政選挙を回避し、選挙による国民の審判を恐れることなく政権を運営できることになる。
 歴史的な事実として、例えば、わが国では1941年(昭和16年)2月に衆議院議員の任期を延長した後に対英米戦争を開戦し、1942年の衆議院議員総選挙では、政府の戦争遂行政策を支持する候補者を翼賛政治体制協議会が推薦し、非推薦候補には激しい選挙干渉が加えられるという翼賛選挙が実施され、その間、国民は、戦争や国家総動員法の大幅改正のような国民の権利を制約する個別立法に対して選挙による審判を下すことができなかった。ナチスドイツの独裁も、議事堂放火事件という「緊急事態」をきっかけとしたものである。
 選挙が停止されるということは、国民の権利を制約する個別立法に対して審判を下す機会を奪われ、また、独裁につながる危険があるということである。
 さらに、仮に選挙を停止できる条項があった場合、例えば、このたびのコロナウイルス禍の際に、内閣が「感染がおさまっておらず選挙できる状況にない」と認定する限り、選挙を回避し続けることができたことになる。
 しかも「緊急事態」か否かの判断権者は内閣・国会とされており、内閣・国会には選挙の停止によって国民からの審判を回避できる利益があるから、その判断の客観性は保障されない。また、司法権は事後的な判断であって、適時に判断できるものではないから、国民の権利に対する制限を適時に排除することはできない。

5、災害に強い選挙制度を構築すべきこと

 緊急事態を想定するのであれば、国会は、憲法改正による議員任期の延長ではなく、防災対策の徹底・充実を図るとともに、災害の場合等にも選挙を実施できるよう、公職選挙法を改正して災害等に強い選挙制度を構築すべきである。
 具体的には、日弁連が2017年(平成29年)12月22日に表明した「大規模災害に備えるために公職選挙法の改正を求める意見書 」のとおり、①平時から選挙人名簿のバックアップを取ることを法的に義務付けること、②避難所又は避難先で被災者が元の住所を入力することで、被災者の所在地を把握できる仕組みを構築すること、③現在要介護者に限定されている郵便投票制度の要件を緩和して大規模災害時の被災者にも適用できるものとすること、 ④繰延投票制度に加えて一定の期間選挙自体を延期できる制度を新たに設けることなど公職選挙法の改正を行うべきである。

6、以上のとおり、国政選挙を実施できない「緊急事態」であると内閣が判断した場合に、国政選挙を停止し、議員の任期を延長するという憲法改正案は、立憲主義の観点から、到底、認められる余地のないものであり、当会は、これに反対する。
以 上


2024年(令和6年)3月28日
山口県弁護士会
会長 松 田 訓 明