会長声明・意見
労働者の生活を守り、地域経済を活性化させるために最低賃金の引き上げを求める会長声明
2023年(令和5年)6月23日
山 口 県 弁 護 士 会
会 長 松 田 訓 明
山 口 県 弁 護 士 会
会 長 松 田 訓 明
新型コロナウィルス感染症とロシアによるウクライナ侵攻の影響により、食料品や光熱費など生活関連品の価格が急上昇している。労働者の生活を守り、地域経済を活性化させるためには、労働者の実質賃金の上昇又は維持を実現する必要があり、そのためにはまず最低賃金額を大きく引き上げることが何よりも重要である。
厚生労働大臣は、本年6月頃、中央最低賃金審議会に対し、令和5年度地域別最低賃金額の目安について諮問を行い、本年7月頃、同審議会から、答申を受ける見込みである。
昨年8月2日、同審議会は、山口県を含むCランクの時給を30円引き上げるように答申を行い、山口地方最低賃金審議会は、これに基づき、2022年(令和4年)8月17日に答申を行った。その結果、2022年度の山口県の地域別最低賃金は、888円(前年度より31円引き上げ)となった。全国加重平均額は961円であった。
時給888円では、1日8時間、週40時間働いても、年収184万7040円(888円×40時間×52週)、月収15万3920円にしかならない。日本の最低賃金は、世界的に見ても極めて低い水準にあり、労働者の生活を守るためには、最低賃金を引き上げて公正な賃金を支払う必要がある。
なお、最低賃金の引き上げにより雇用が減少するとの意見があるが、米カリフォルニア大バークレー校のデービット・カード教授(2021年(令和3年)のノーベル経済学賞受賞者)は、最低賃金の上昇が必ずしも雇用の減少につながらないことを実証している。実際、2020年(令和2年)から2022年まで全国加重平均額は59円の引き上げとなったが、完全失業率は、2020年と2021年が2.8%、2022年が2.6%となっており(労働力調査長期時系列データ 表2 就業状態別15歳以上人口-全国 男女計参照)、最低賃金の引き上げが必ずしも雇用の減少につながっていない。
2 地域間格差の是正
地域経済の活性化という側面から最低賃金を見た場合、最低賃金における地域間格差も重要な問題である。
2022年の最低賃金は最も高い東京都で時給1072円であるのに対し、山口県の時給は888円であり、184円もの開きがある。総務省統計局が公表した人口推計によれば、30歳から44歳のいわゆる働き盛りの年代の人口は、2020年10月1日時点で2269万人であったが、2021年10月1日時点で2208万4000人となり、60万6000人減少している。しかも、山口県ではこれら年齢層の県外流出が多く、地域経済の活性化のための労働力確保が喫緊の課題となっている。最低賃金の低い地方の経済が停滞し、経済格差も拡大するという現状を是正するためには、最低賃金格差の見直しが不可欠である。
3 全国一律最低賃金の実現
地方の方が都市部よりも生計費が安い分、最低賃金も低額でいいはずという考え方が最低賃金格差の背景にあると考えられる。しかし、地域別最低賃金を決定する際の考慮要素とされる労働者の生計費は、最近の調査によれば、都市部と地方の間ではほとんど差がないという分析がなされている。
都市部では住居費が高額であるが、公共交通機関が発達していることから交通費が低く抑えられている。一方、地方は住居費が低額であるが、公共交通機関が衰退し、自動車保有を余儀なくされていることから、自動車の維持費が高額になる。
このように、労働者の最低生計費に地域間格差が殆どない以上、全国一律最低賃金制度を実現すべきである。
4 中小企業・小規模事業者の支援
国は、中小企業・小規模事業者の生産性向上を支援し、事業場内最低賃金の引き上げを図るため、「業務改善助成金」制度を実施し、2022年9月1日から特例的な要件緩和・拡充が図られているが、必ずしも使い勝手のよい制度ではない。
日本商工会議所及び東京商工会議所が2023年(令和5年)3月28日に公表した「最低賃金および中小企業の賃金・雇用に関する調査」によれば、中小企業が自発的・持続的に賃上げできる環境整備のための支援策として、景気対策を通じた企業実績の向上、取引価格の適正化、円滑な価格転嫁、税・社会保障負担等の軽減を求めている。
したがって、国は、中小企業が最低賃金を引き上げても円滑に企業経営を行うことができるよう十分な支援策を講じることが必要である。税金や社会保険料の大胆な減免措置を講じるなど、税負担等の軽減を図る措置を講じること、原材料費等の価格上昇を円滑に価格転嫁できることを可能とするよう法規制をすることなどの中小企業支援策を講じるべきである。
5 審議会の議事録等の公開
当会は、これまで山口地方最低賃金審議会の議事録等をホームページで公開するよう求めてきたが、山口労働局は、厚生労働省からの指示に基づき、令和2年度から同審議会の議事録等をホームページに掲載するようになった。
情報公開の流れの中、議事録等がホームページで公開されたことは、最低賃金に関する県民の理解と関心を促進し、審議会のさらなる透明化を図るものであり、当会としても歓迎したい。引き続き、議事録等をホームページで公開するよう求める。
6 委員の任命の在り方
最低賃金審議会の委員は、労働者を代表する委員、使用者を代表する委員及び公益を代表する委員各同数をもって組織されるところ(最低賃金法第22条)、前二者は関係労働組合又は関係使用者団体からの推薦に基づき任命されている(最低賃金審議会令第3条第1項)。
このうち、労働者を代表する委員は、非正規労働者を数多く組織する関係労働組合からも任命されることが望ましい。なぜならば、非正規労働者は就業関係が不安定で最低賃金の影響を受けやすく、全労働者の3分の1以上を占めているからである。
また、公益を代表する委員は、最低賃金の額が貧困問題の解決と密接に関係することから、生活困窮者の就労支援等を行っている団体の出身者及び社会保障法を専門とする学者から任命することが望ましい。
7 まとめ
よって、当会は、次のことを求める。
① 中央最低賃金審議会及び山口地方最低賃金審議会は、労働者の健康で文化的な生活を確保し、地域経済の健全な発展を促し、政府目標(全国加重平均額1000円)に少しでも近づけるため、最低賃金の引き上げに向けた答申をすること。
② 国会は、全国一律最低賃金制度を実現すべく法整備をすること。
③ 国会及び厚生労働大臣は、最低賃金の大幅な引き上げに当たり、中小企業が最低賃金を引き上げても円滑に企業運営を行うことができるよう十分な支援策を講じること。具体的には、税金や社会保険料の大胆な減免措置を講じるなど、税負担等の軽減を図る措置を講じること、原材料費等の価格上昇を円滑に価格転嫁できることを可能とするような法規制をすることなどの中小企業支援策を講じること。
④ 山口地方最低賃金審議会は、引き続き審議会の議事録等をホームページで公開すること。
⑤ 厚生労働大臣及び山口労働局長は、非正規労働者を数多く組織する関係労働組合からも労働者代表委員を任命し、また、生活困窮者の就労支援等を行っている団体の出身者及び社会保障法を専門とする学者から公益代表委員を任命すること。
以上