会長声明・意見
女性被疑者の勾留を山口警察署(山口市)に集約する決定に強く反対する会長声明
2025年(令和7年)6月13日
山口県弁護士会
会長 浜 崎 大 輔
山口県弁護士会
会長 浜 崎 大 輔
当会は、
1 山口県警察本部に対し、女性被疑者の勾留を山口警察署に集約する決定について、強く反対することを表明する。
2 山口県警察本部、山口地方検察庁及び山口地方裁判所に対し、女性被疑者のみならず被疑者全般の勾留について見直し、被疑者は拘置所及び拘置支所において勾留するという原則に立ち戻ることを求める。
3 山口県警察本部に対し、例外的に被疑者を代用刑事施設において勾留する場合は、各地の施設を男女別に整備し、女性被疑者は女性看守が処遇することを求める。
第2 声明の理由
1 はじめに
本年3月5日、当会は、山口県警察本部から、本年4月1日より山口県内の女性被疑者はすべて山口警察署でのみ勾留予定である旨の連絡を受けた。担当者からは、県内の女性被疑者は山口警察署、下関警察署及び岩国警察署の3か所で勾留されているが、これらをすべて山口警察署に集約する、その理由として、女性専用の留置施設での留置による処遇改善とともに、女性被疑者の留置について、男性看守との問題も含めた不適切事案の発生防止を目的として、近時女性看守(警察官)のみで担当する方針になったためとの説明がされた。
たしかに女性専用の施設で女性看守のみで女性被疑者を担当するのは望ましいことであるが、本来は警察の責任において各地の施設を男女別に整備し、女性看守を配置し、物的人的に対応して各地で行われるべきである。各地で行われるべきことが長期間なおざりにされていることには疑問を持たざるを得ない。
また、女性被疑者と男性看守との間において不適切な関係が発生することが懸念されるというような抽象的な状況は、起訴後勾留(拘置所及び拘置支所における収容)でも同様であって全く理由にならないし、警察組織における男性看守の指導・教育不足を露呈したに過ぎないもので、これをもって女性被疑者の勾留場所の運用を変更する理由とすることは甚だ不見識でもある。後述のとおり県内の拘置支所の一部では女性の収容は実施されていて、山口市周辺以外の各地の警察署での勾留は拘置支所の「代用」としてなされているのであるから、各地の警察署において責任をもって女性被疑者を勾留し、適切に処遇できないのであれば、原則に立ち戻り、女性被疑者を各地の拘置支所において収容すべきである。
2 山口警察署への集約によって生じる重大な問題
当会は、宇部拘置支所の収容業務停止に際し、2023年(令和5年)1月24日に「宇部拘置支所の収容業務停止に強く反対する会長声明」を、同年4月25日に「宇部拘置支所の収容業務の再開を求める会長声明」を発出した。本件は、警察署の留置業務である点において異なるが、捜査機関の都合によって被疑者を生活の本拠から引き離すという点において同様の問題を含む。
第1に、勾留場所は、本来、「刑事施設」(刑事訴訟法73条2項)であり、これは原則的に拘置所を意味する。警察署の留置施設における勾留は「代用」にすぎない(刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律15条及び286条)のであるから、警察署の留置施設において責任をもって被疑者を勾留し、適切に処遇できないのであれば、原則に立ち戻り、被疑者を拘置所及び拘置支所において収容すべきである。
第2に、弁護人の弁護活動が実質的に侵害されることになる。弁護人と被疑者・被告人との接見交通権(刑事訴訟法39条1項)は、憲法34条前段及び37条3項が保障する弁護人依頼権に由来する重要な権利であり、これを実質的に保障するためには、弁護人による接見交通権の行使が容易でなければならない。被疑者が山口市のみに勾留されることになれば、捜査段階で山口地区の弁護士が弁護人に選任されるものの、起訴後に被疑者が拘置支所へ移送され、公判手続が遠方の裁判所支部で行われるときに、(被疑者国選から自動的に被告人国選に移行する)当該弁護人は、公判準備のための接見及び公判手続の都度遠方へ移動する必要があり、弁護活動に著しい支障を来す。捜査段階から公判段階を通じて一貫した弁護活動を適切に行うためには、捜査段階と公判段階の勾留場所がおよそ同一地域で維持され、弁護人が機動的に活動できる体制を確保することが重要である。
第3に、被疑者が生活の本拠から引き離されて遠隔地に勾留されることになれば、被疑者が親族や福祉関係者等(以下「社会資源」という。)から支援を受けることも困難になり、被疑者の社会復帰に支障を来す。すなわち、捜査段階から被疑者の社会復帰に向けた支援体制を構築するためには、被疑者が社会資源と面会することが必要になる場面も多い。特に、被疑者に障がいが疑われる場合や高齢で身寄りのない場合等には、社会復帰支援に結びつける環境調整(いわゆる入口支援)が重要であるところ、そのための社会資源となるべき親族や福祉関係者等も山口市まで遠距離の面会を余儀なくされる。そうすると、時間・費用等の面で支援体制の整備や構築に支障を来すことは確実である。
以上のように、被疑者の勾留を山口警察署に集約することは、弁護活動に重大な支障を生じさせるだけではなく、被疑者と社会資源との分断を生じさせ、被疑者に対する環境調整等の入口支援や早期の社会復帰を阻害する結果となる。
「女性」であるからという理由でこのような不利益な取扱いをすることは、憲法14条が保障する平等原則に違反する疑いもある。
3 県内の拘置支所の収容状況及び代用刑事施設使用の見直し
下関・岩国地域は、山口警察署への集約による2の不利益が最も顕著である。しかしながら、下関拘置支所及び岩国刑務所の拘置区においては、起訴後の女性被告人の収容が実施されており、これらの地域で女性被疑者を収容することに障害は少ない。また周南拘置支所でも女性被告人の収容が実施されており、令和5年度より収容業務が停止されている宇部拘置支所については、既に当会会長声明でも指摘しているとおり、施設改修・再建を適切に進めて、収容業務の再開が求められるところでもある。
そもそも代用刑事施設の使用を前提とした被疑者勾留の実態を見直すという観点からは、女性被疑者のみならず被疑者全般について、拘置所及び拘置支所が被疑者の住所から著しく遠方である等の事情がない限り、原則どおりに拘置所及び拘置支所における収容を実現すべきである(なお、山口県内に拘置所はなく、山口刑務所及び岩国刑務所内の拘置区並びに各拘置支所で収容が行われている。)。
4 手続上の問題
上記の各不合理に加えて、女性被疑者の勾留を山口警察署に集約するという山口県警察本部の決定にあたり、同本部から当会に対する意見照会やヒアリング等は一切行われていない。前述のとおり、弁護活動や女性被疑者に重大な問題が生じるにもかかわらず、これらの点について何ら配慮せず、検討もされていなかったものと考えざるを得ないし、手続上も看過できない問題がある。
5 結論
当会は、刑事弁護活動や女性被疑者の人権保障の観点等から重大な問題がある上記決定に対して強く反対するとともに、被疑者全般について拘置所及び拘置支所において勾留するという原則に立ち戻ること、例外的に被疑者を代用刑事施設において勾留する場合は、各地の施設を男女別に整備し、女性被疑者は女性看守が処遇することを求める。
以上