会長声明・意見
「反撃能力」の保有に反対する会長声明
2023/08/08
政府は、令和4年12月16日、「国家安全保障戦略」「国家防衛戦略」「防衛力整備計画」(以下「安保三文書」という。)を閣議決定した。そこでは、「相手からミサイルによる攻撃がなされた場合、ミサイル防衛網により、飛来するミサイルを防ぎつつ、相手からの更なる武力攻撃を防ぐために、我が国から有効な反撃を加える能力、すなわち反撃能力を保有する必要がある」、「相手の領域において、我が国が有効な反撃を加えることを可能とする、スタンド・オフ防衛能力(注:相手の射程圏外から攻撃できる能力)等を活用した自衛隊の能力」として「反撃能力」(以下「反撃能力」という。)を保有していく方針が明記されている(国家安全保障戦略18頁、国家防衛戦略10頁)。
反撃能力は、これまでの政府答弁等での「敵基地攻撃能力」を言い換えたものであるが、反撃能力の保有は、以下に述べるように、日本国憲法9条及びその原理である恒久平和主義に反する疑いが払拭できないものであり、当会は反対する。
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これまで自衛の範囲を超えるものとして憲法上許されないとされてきた、相手国の領域における武力行使につき、安保三文書では、その合憲性の根拠として、昭和31年2月29日の政府見解、すなわち、「わが国に対して急迫不正の侵害が行われ、その侵害の手段としてわが国土に対し、誘導弾等による攻撃が行われた場合、座して自滅を待つべしというのが憲法の趣旨とするところだというふうには、どうしても考えられない…。そういう場合には、そのような攻撃を防ぐのに万やむを得ない必要最小限度の措置をとること、例えば…誘導弾等の基地をたたくことは、法理的には自衛の範囲に含まれ、可能であるというべき」との昭和31年2月29日衆議院内閣委員会鳩山一郎首相の答弁(船田中防衛庁長官代読)が引用されている(国家安全保障戦略18頁、国家防衛戦略10頁)。
なお、この代読答弁は「昨年私が答弁したのは、普通の場合、つまり、他に防御の手段があるにもかかわらず、侵略国の領域内の基地をたたくことが防御上便宜であるというだけの場合を予想し、そういう場合に安易にその基地を攻撃するのは、自衛の範囲には入らないだろうという趣旨で申したのであります。」と続き、当該委員会で船田長官自身も「誘導弾等による攻撃を防御するのに、他に手段がないと認められる限り、その基地をたたくことは、法理的には自衛の範囲に含まれる」が「他に防衛の手段がある場合に敵基地をたたくということはない」「米国の空軍の活動あるいは艦船の活動ということがあると思いますので…いわゆる他に方法があるということになる」と答弁した。
この昭和31年の政府見解は、あくまで我が国に対する武力攻撃が現実に発生していること、すなわち、個別的自衛権を行使し得る場合であることを前提条件にしている。上記衆議院内閣委員会で船田中防衛長官は「誘導弾等の攻撃が加えられ、このままおれば自滅を待つのみである、そういうせとぎわになりましたときに、坐して死を待つということは憲法の期待しておるところではなかろう」と答弁し、昭和34年3月19日衆議院内閣委員会で岸信介首相が「外国の基地から日本に対する攻撃が誘導弾等で加えられて、…そういう場合において、ほかに手段がない、そうしなければ日本の全土が焼土に化し、もしくは民族が滅亡するというような時期において、その基地を何とかしてたたく以外に日本を救う道がないというような場合において、その基地をどういう方法か知らぬが適当な方法でたたくということは、やはりこれは許されている自衛権の観念のうちに認めるべきものであろう」と答弁する。
しかし、集団的自衛権の行使を容認した安全保障法制(平成27年)の下で、従来の専守防衛政策における自衛権行使の三要件が改変され、第一の要件につき、「我が国に対する武力攻撃が発生したこと」という従前の要件に加えて、「又は我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること」が入り、いわゆる「存立危機事態」において、個別的自衛権の範囲を超えた集団的自衛権の行使を認めるものとされたが、安保三文書では、このような集団的自衛権行使の場面においても相手国の領域自体に及ぶ「反撃」を行うことができるとしている。
このような個別的自衛権の範囲を超える「反撃能力」の行使については、昭和31年の政府見解のいうところの「自衛の措置」にそのまま当てはまるものではない。このような「反撃能力」の行使は、憲法9条1項が禁ずる武力による威嚇又は武力の行使にあたる疑いが濃厚である。
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次に、「反撃能力」の保有は、憲法9条2項で保有が禁じられている「戦力」に該当するのではないかという重大な疑問がある。
この点に関し、従来の政府答弁では、「性能上相手国の国土の潰滅的破壊のためにのみ用いられる兵器の保持は憲法上許されない」「それ自体の性能からみて憲法上の保持の可否が明らかな兵器以外の兵器は、自衛権の限界をこえる行動の用に供することはむろんのこと、将来自衛権の限界をこえる行動の用に供する意図のもとに保持することも憲法上許されないことは、いうまでもないが、他面、自衛権の限界内の行動の用にのみ供する意図でありさえすれば、無限に保持することが許されるというものでもない。けだし、本来わが国が保持し得る防衛力には、自衛のため必要最小限度という憲法上の制約があるので、当該兵器を含むわが国の防衛力の全体がこの制約の範囲内にとどまることを要するからである。」としてきた(昭和44年4月8日松本善明議員提出の質問主意書に対する佐藤栄作首相の答弁書)。また、「国連の援助もなし、また日米安全保障条約もないというような、他に全く援助の手段がない、かような場合における憲法上の解釈の設例としてのお話でございます…誘導弾等による攻撃を防御するのに他に全然方法がないと認められる限り、誘導弾などの基地をたたくということは、法理的には自衛の範囲に含まれており、また可能である…しかし...こういう仮定の事態を想定して、その危険があるからといって平生から他国を攻撃するような、攻撃的な脅威を与えるような兵器を持っているということは、憲法の趣旨とするところではない。かようにこの二つの観念は別個の問題で、決して矛盾するものではない。」(昭和34年3月19日衆議院内閣委員会伊能繁次郎防衛庁長官答弁)、「ごく限られた、また観念的な議論の場合におけるわれわれの回答でございますから、その場合に応ずるような武器を平素から持っておらなければならぬということはおのずから別の問題である」(昭和34年3月19日衆議院内閣委員会岸信介首相答弁)とも述べてきたところである。
これに対し、安保三文書では、相手にとって「軍事的手段では我が国侵攻の目標を達成できず、生じる損害というコストに見合わないと認識させ得るだけの能力」を持つという、いわゆる抑止力論に立った安全保障戦略に基づき、「反撃能力」として在来型誘導弾の射程を長距離化した兵器、高速滑空弾、極超音速誘導弾等の開発・保有を宣言している(防衛力整備計画2頁以下)。また、「反撃能力」の攻撃対象も、敵基地に限定せず、相手国の中枢、いわゆる「指揮統制機能」を対象とするかどうかも個別に判断するとしており、除外していない。
このような「反撃能力」の保有は「性能上相手国の国土の壊滅的破壊のために用いられるいわゆる攻撃的兵器」を保有することに限りなく近づくし、そこに至らずとも「自衛権の限界をこえる行動の用に供すること」「将来自衛権の限界をこえる行動の用に供する意図のもとに保持すること」「本来わが国が保持し得る防衛力には、自衛のための必要最小限度という憲法上の制約があるので、当該兵器を含むわが国の防衛力の全体がこの制約の範囲内にとどまることを要する」こととも抵触する疑いは濃厚であり、憲法9条2項が保有を禁ずる「戦力」に該当する疑いを払拭できない。
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当会は、集団的自衛権行使を容認した安全保障法制に対し、「存立危機事態」なる抽象的で不明確な要件の下に憲法上許されない集団的自衛権の行使を容認し、我が国が攻撃されていないにもかかわらず自衛隊が海外で他国とともに武力行使することを認めるものであることを指摘し、反対し廃止を求めてきた。(平成26年5月27日付け、平成27年6月10日付け、平成27年8月4日付け、平成27年10月27日付け各会長声明)
今回の安保三文書が、集団的自衛権行使を認める安全保障法制の下で「反撃能力」の保有に踏み出したことは、憲法9条2項が禁ずる戦力の保持、憲法9条1項が禁ずる武力による威嚇又は武力の行使につながるおそれもあり、日本国憲法の恒久平和主義の理念と相容れない。
当会は、今回の安保三文書の改定による「反撃能力」の保有について、日本国憲法9条に抵触する疑いを払拭できず恒久平和主義の理念に反するものとして反対する。
以 上
2023年(令和5年)8月8日
山口県弁護士会
会長 松 田 訓 明
2023年(令和5年)8月8日
山口県弁護士会
会長 松 田 訓 明