会長声明・意見
「生活困窮者の自立を促進するための生活困窮者自立支援法等の一部を改正する法律案要綱」のうち「生活保護法の一部改正」部分における生活保護法77条の2及び78条2の削除を求める会長声明
2018年(平成30年)3月27日
山口県弁護士会 会長 田畑元久
山口県弁護士会 会長 田畑元久
改正案によれば,生活保護法63条の返還債権を同法78条4項と同様「国税徴収の例」によって徴収できるものとされ(改正案77条の2第2項),また,被保護者からの申出により保護金品等から天引きできるとされている(改正案78条の2)。
しかし,同法63条は,被保護者の資力が事後に判明した場合や過誤によって保護に要する費用を払い過ぎた場合に適用される規定だから、同条の返還債務は、不当利得返還債務の性格を有するものである。しかるに,同法78条は、不正受給の場合に適用される規定だから、同条の徴収債権は、同法63条の返還債権と性格を異にする。
また,破産による免責制度は,破産者を債権者による追及から解放して,破産者の経済的再生を図るものだから,不誠実な行為を行っていない破産者については,その再生のために積極的に免責を付与すべきものである。また,債務負担の原因や動機を問わず,自己の支払能力を超えた債務を負担する者を債務負担から解放し,その経済的再生を図ることは,当該債務者やその家族の利益だけでなく,社会公共の利益からみても正当なものである(伊藤眞『破産法・民事再生法』(初版)521~524頁)。とすれば、非免責債権を新たに創設することには慎重さが求められ,その合理性や必要性は、厳格に問われなければならない。
なお、78条の徴収債権は、平成25年の生活保護法改正によって「国税徴収の例」によって徴収できるとされ(同法78条4項)、非免責債権とされている(破産法253条1項1号、97条4号)が、租税債権等が非免責債権とされたのは、国及び地方公共団体の財政安定のため、特に収入を確保する必要性が高いからであるところ、生活保護法78条の徴収債権は、かかる租税債権と同視できないから、これを非免責債権としたことには、疑問がある。
また,63条の返還債務は,先にも述べたとおり,その本質は不当利得返還債務であり,これを非免責債権化することは,「不誠実な行為を行っていない破産者については,その再生のために積極的に免責を付与する」という免責制度の趣旨に反する。このような免責制度の根幹にかかわる変更を破産法ではなく生活保護法の改正によって行うことも問題である。
しかも,63条の返還債務は,全額返還を原則とする不正受給に関する強制徴収公債権と異なり,家財道具や介護用品の購入等その世帯の自立更生に資する使途に充てられるのであれば、返還免除が認められている(生活保護手帳別冊問答集問13-5)。
しかし,実務の現状では,福祉事務所がこうした検討をすることなく安易に全額の返還決定する例が多く,かかる返還決定を違法とする裁判例も多数存在する(大阪高裁平成25年11月13日判決,福岡地裁平成26年2月28日判決,福岡地裁平成26年3月11日判決,東京地裁平成29年2月1日判決等)。
本来は違法である63条の返還決定が問題視されて是正されるのは氷山の一角であると考えられる。しかるに、今回の改正案が実現すれば、違法な63条の返還決定が是正されないまま,保護費が入金された預貯金を差し押さえる等によって全額返還を強制される事態が頻発することが懸念される。
かかる事態が生じると,破産・免責申立を行った被保護者であっても,保護費の返還を強いられるばかりでなく,差し押さえや保護金品等からの天引き等によって、生活費が得られなくなって、憲法25条1項が規定する「健康で文化的な最低限度の生活」を下回る生活を余儀なくされることになる。かかる事態を助長するような生活保護法の改正案は,憲法25条に違反するものと言わざるを得ない。
よって,63条の返還債権を「国税徴収の例」によって徴収できるものと定めて非免責債権化し,保護金品等からの天引きを可能とする生活保護法改正案77条の2及び78条の2は,破産による免責制度の趣旨に反するとともに,被保護者の生存権を侵害するものであるから削除されるべきである。
以上