会長声明・意見

いわゆる共謀罪の創設に反対する会長声明

2017年(平成29年)2月23日
山口県弁護士会 会長 中村友次郎
1 政府は,過去3回にわたり廃案となった共謀罪法案について,共謀罪という名称を「テロ等組織犯罪準備罪」と改めた上で修正を加え,今通常国会に組織犯罪処罰法の改正案として提出予定である。
過去の共謀罪法案は,共謀という犯罪の合意そのものを処罰するという枠組みが我が国の刑事司法における既遂処罰の基本原則に反するのみならず,処罰対象が広範な上に権力による拡大解釈の危険性が指摘され,最終的には廃案となった。当会においても,2005(平成17)年12月に共謀罪新設に反対する会長声明を発している。

2 廃案となって約10年が経過した後に今通常国会への提出となったことに対する政府の説明は,国際テロの拡大に対する対策及び2020年東京オリンピック・パラリンピックに備えての安全確保の必要があるというものである。また,政府は,過去に共謀罪法案が廃案になった経緯を踏まえ,名称の変更のみでなく,主体の限定や準備行為性の要求により,一般国民がこの法律によって処罰される危険性は無いとも説明している。

3 まず,具体的な法案の内容についてであるが,適用対象を単に「団体」としていた点を「組織的犯罪集団」に改め,その定義も「目的が4年以上の懲役・禁錮の刑が定められている罪を実行することにある団体」としている。また,従来は「共謀」のみでの処罰を認めていたところ,犯罪の「遂行を2人以上で計画した者」を処罰することとし,その処罰に当たっては,計画をした誰かが「犯罪の実行のための資金又は物品の取得その他の準備行為が行われたとき」という要件を付している。
 これらの変更により共謀罪という従来の呼称そのものがふさわしくない,全く別の法律であるというのが政府の主張である。

4 しかし,「組織的犯罪集団」といっても,その定義に「目的」という主観的要素が加わるのであれば,解釈が無限に広がるおそれがある。例えば,原発の再稼働や米軍基地の国内移転に反対する市民団体や労働組合がデモや座り込みを企画した場合,組織犯罪防止法上の強要に当たる罪の実行を目的とする団体として「組織的犯罪集団」と認定される可能性がある。
準備行為性にしても,活動のための人員配置や参加人員の交通費を用意するためのATMからの現金引出しのような行為が準備行為に該当すると捜査機関が判断すれば処罰される可能性が生じてしまう。
要するに,若干の修正を加えても,目的や準備行為性の認定が恣意的に行われることにより処罰範囲が拡大してしまう危険性を拭い去ることは不可能であり,今回の法案においてもこれまで指摘されてきた共謀罪の本質は何ら変更されていない。そこで,本声明でも「テロ等組織犯罪準備罪」のことを「共謀罪」と呼称することとする。

5 また,対象犯罪については676という報道もあったが,与党内協議によりテロとは明らかに無関係な犯罪や結果的加重犯等を除くという絞込みがなされているとのことである。
しかし,構成要件に曖昧な部分が残る限り恣意的運用の危険は消えないのであるから,仮に対象犯罪の絞込みがなされても,越境性(国境を越えて実行される性格)を要件として加えても,到底罪刑法定主義の要請を充たすものとはいえない。

6 更に,共謀の有無という客観的に確定しにくい事実や目的という主観的要素が犯罪の成否の決め手になることにより,処罰範囲の飛躍的拡大の懸念に加え,捜査方法としての通信傍受の拡大や主観的要件補充のための自白偏重の取調べといった捜査段階での新たな人権侵害を招来する可能性が極めて大きい。

7 次に,国際条約との関連については,国際連携のためには国連越境組織犯罪防止条約(以下「条約」という。)の批准が必要であるが,条約は締約国に対し重大犯罪の共謀を犯罪とする国内法整備を義務付けているので,条約批准のためには「共謀罪」創設が不可欠であるというのが政府の説明である。条約が批准できないとオリンピックの開催もできないし,既に187もの国が批准した条約を現状のまま放置することは国際的にも非難を招くとまで述べている。

8 しかし,我が国の国内において,条約批准によりこれまで行い得なかったどのような国際テロ防止策が可能になるのかについては,政府は明確な説明を欠いている。共謀段階での捜査共助や犯罪人引渡し等をなしうることになり諸外国との連携が可能になるとのことであるが,我が国の現状を見る限り,我が国が国際テロの温床になっているという事実はないし,むしろ批准国内でのテロ行為が頻発している。従って,条約を批准すれば国際テロを防止できるという関係は認められない。
  そして,仮に,条約の批准が国内テロ行為抑止のための有効な手段たりえないのであれば,人権侵害の危険性の大きい「共謀罪」を創設してまで条約を批准する必要性はない。

9 そして,政府は,条約の批准のためには「共謀罪」の創設が必要というが,条約は,締約国に対して,自国の国内法の原則に従い,組織犯罪に対する有効な措置をとることを義務付けているに止まる(34条1項)。我が国では,内乱・外患等の重大犯罪については刑法上予備・陰謀の処罰規定が存在するし,判例上認められた共謀共同正犯理論も組織犯罪抑止の有効な手段となり得る。銃刀法は銃器等の武器の所持自体に厳しい制限を課しているし,他の国際テロ対策のための条約は多くが批准され,国内法的効力を有している。
  よって,組織犯罪を抑止するための法制度は現状でも相当程度整備されている。
  他方,条約は既に180を超える多くの国が批准しているという政府の説明はその通りであるが,条約批准のために共謀罪を新設した国はノルウェー等僅かな国に限られており,批准国全てが共謀罪規定を整備しているわけではない。また,条約の国際的な性格とは関係なくその内容を定めなければならないという条約における条項の取扱いについても,その条項を留保して条約を批准するという道筋も残されており,このような運用をしている実例も存在する。
  従って,「共謀罪」を創設しなくても条約の批准は可能である。

10 以上のとおり,政府の「共謀罪」法案は,形式的に適用対象や処罰要件を限定した体裁はとっているものの,実際には十分に限定されたものになっておらず,その内容が曖昧であるがゆえに,捜査段階での新たな人権侵害の危険性はむしろ増大している。
  また,国連越境組織犯罪防止条約を批准するのであれば,政府はその必要性を具体的に説明すべきであるし,そもそも同条約を批准するために「共謀罪」を創設する必要はない。
  よって,当会は,いわゆる「共謀罪」の創設に強く反対する。
以上