会長声明・意見

最低賃金額の大幅な引き上げ及び山口地方最低賃金審議会の公開等を求める会長声明

2019年6月12日
山口県弁護士会 会長 野村雅之
1 現行の最低賃金が低いこと
 中央最低賃金審議会は,本年7月頃,厚生労働大臣に対し,2019年度地域別最低賃金改定の目安を答申する予定である。
 同審議会は,2018年7月26日付け答申において,山口県の目安をCランクの25円とし,山口地方最低賃金審議会は,同年8月6日に引き上げ額を目安額どおり25円とする答申を行い,山口労働局長は,答申に従い同年の山口県の最低賃金を時間額802円(引き上げ額25円)に改定した。
 しかし,最低賃金が時間額802円では,1日8時間,週40時間,月173時間働いたとしても,月収約13万8746円,年収約166万円にしかならない。
 「労働者の生活の安定」及び「労働力の質的向上」(最低賃金法(昭和34年4月15日法律第137号。以下「法」という。)1条)を図る上でも,最低賃金の大幅な引き上げが不可欠である。

2 先進諸外国の最低賃金と比較しても著しく低いこと
 また,日本の最低賃金は先進諸外国の最低賃金と比較しても著しく低い。
 例えば,イギリスの最低賃金は8.21ポンド(25歳以上。約1132円),フランスの最低賃金は10.03ユーロ(約1223円),ドイツの最低賃金は9.19ユーロ(約1121円)である(1ポンド138円,1ユーロ122円で計算,小数点以下切り捨て)。
 アメリカでも,ニューヨーク州の最低賃金は15ドル(従業員11名以上。約1635円),ワシントン州の最低賃金は12ドル(約1308円)である(1ドル109円で計算,小数点以下切り捨て)。
 このように,最低賃金を大幅に引き上げる動きが各地に広がっているなか,世界的にみて日本の最低賃金の低さは際立っている。

3 日本の貧困と格差が拡大していること
 さらに,日本の貧困と格差の拡大は深刻な事態となっている。日本の2015年の相対的貧困率は15.7%であった。3年前の16.1%からやや改善したものの,貧困ラインは年収122万円のまま変動がない。女性や若者に限らず,全世代で貧困が深刻化している。
 働いているにもかかわらず貧困状態にある者の多数は,最低賃金付近での労働を余儀なくされており,最低賃金の低さが貧困状態からの脱出を阻止する大きな要因になっている。したがって,最低賃金の迅速かつ大幅な引き上げが必要である。

4 地域間格差が拡大していること
 また,地域別最低賃金の地域間格差が依然として大きく,しかも年々拡大していることも見過ごせない。
 2018年の最低賃金は,最も低い鹿児島県で761円,最も高い東京都で985円であり,224円もの開きがあった。山口県の最低賃金は802円であり,全国加重平均874円を72円も下回っており,最も高い東京都の985円と比べると,183円もの格差があった。
 このような地域間格差は年々拡大している。2008年の最低賃金は,鹿児島県が627円,東京都が766円,その格差は134円しかなかったが,2018年の最低賃金は,前述のとおり格差が224円に広がっている。
 地方では,賃金が高い都市部での就労を求めて若者が地元を離れてしまう傾向が強く,労働力不足が深刻化している。地域経済の活性化のためにも,最低賃金の地域間格差の縮小は喫緊の課題である。

5 まずは最低賃金を時間額1000円と答申すべきであること
 政府は,2010年6月18日に閣議決定された「新成長戦略」において,できる限り早期に全国最低800円を確保し,景気状況に配慮しつつ全国平均1000円を目指すとしている。これ自体低いと言わざるを得ないが,この政府目標ですら達成困難な状況である。
 よって,中央最低賃金審議会は,労働者の健康で文化的な生活を確保し,地域経済の健全な発展を促すため,今年度,まずは最低賃金の目安を時間額1000円と答申すべきである。
 また,山口地方最低賃金審議会も,中央最低賃金審議会の答申に囚われることなく,まずは最低賃金の時間額を1000円と答申すべきである。

6 中小企業に対する配慮が必要であること
 なお,最低賃金を大幅に引き上げるに当たっては,中小企業の経営が急激に悪化しないよう,その経営に配慮した施策も必要である。
 地域経済を活性化するためには,最低賃金の引き上げによって地域にお金を循環させるだけでなく,中小企業の経営に配慮した施策を行い,その経営を安定させることも必要である。
 よって,最低賃金を大幅に引き上げるに当たっては,中小企業を対象とした補助金制度,減税措置,その他経営に配慮した施策も行うべきである。

7 労働者の実情を調査・資料化すべきこと
 現在,地域別最低賃金は,中央最低賃金審議会が答申した目安を参考に,地方最低賃金審議会が審議・答申し,各地の労働局長が改定している。
 しかし,最低賃金が「労働者の生活の安定」及び「労働力の質的向上」の要請を充たすためには,非正規労働者その他の労働者の実情を調査し,その資料を中央最低賃金審議会及び地方最低賃金審議会に提出する必要がある。
 この点,厚生労働大臣は,賃金その他労働者の実情について必要な調査を行い,最低賃金制度が円滑に実施されるように努める義務があり(法28条),厚生労働大臣及び都道府県労働局長は,使用者及び労働者に対し賃金に関する事項を報告させることができ(法29条),地方最低賃金審議会は,都道府県労働局長の諮問に応じて,最低賃金に関する重要事項を調査審議,及びこれに関し必要と認める事項を都道府県労働局長に建議することができる(法21条)。
 よって,厚生労働大臣,都道府県労働局長及び地方最低賃金審議会は,これら調査等に関する法の規定を積極的に活用して,非正規労働者その他の労働者の実情を調査・資料化すべきである。

8 審議過程を全て公開すべきこと
 また,最低賃金の決定過程を透明化し,実質的な議論を担保するため,最低賃金に関する審議過程は全て公開すべきである。
 確かに,山口地方最低賃金審議会の審議は公開されているが,最低賃金専門部会及び特定最低賃金専門部会の審議は非公開のままであり,これら専門部会の審議も公開されるべきである。
 また,その議事録等も,市民が容易に利用できるよう,インターネット上で公開すべきである。
 このように,最低賃金の審議過程を全て公開することによって,初めて県民の最低賃金に対する信頼を得ることができる。

9 委員の推薦及び選任について
 最低賃金審議会の委員は,労働者を代表する委員,使用者を代表する委員及び公益を代表する委員によって組織されるところ(法22条),前二者については,関係労働組合又は関係使用者団体からの推薦に基づき任命されている(最低賃金審議会令3条)。
 そのうち,労働者を代表する委員は,非正規労働者を数多く組織する関係労働組合からも推薦されることが望ましい。なぜならば,非正規労働者は,就業関係が不安定であり,最低賃金の影響を受けやすく,全労働者の3分の1以上を占めているからである。
また,公益を代表する委員は,生活困窮者の就労支援等を行っている団体の出身者及び社会保障法を専門とする学者からも選任することが望ましい。なぜならば,最低賃金の額は,貧困問題の解決と密接に関係するからである。

10 まとめ
 よって,当会は,次のことを求める。
 ① 中央最低賃金審議会は,今年度,まずは全国の最低賃金の目安を時間額1000円と答申するよう求める。
   また,山口地方最低賃金審議会は,今年度,中央最低賃金審議会の答申に囚われることなく,まずは山口県の最低賃金を時間額1000円と答申するよう求める。
 ② 国会及び厚生労働大臣は,最低賃金の大幅な引き上げに当たり,中小企業を対象とした補助金制度,減税措置,その他経営に配慮した施策を行うよう求める。
 ③ 厚生労働大臣,山口労働局長及び山口地方最低賃金審議会は,中央最低賃金審議会及び地方最低賃金審議会において科学的な検証が行えるよう,最低賃金によって最も大きな影響を受ける非正規労働者その他の労働者の実情を調査・資料化するよう求める。
 ④ 山口地方最低賃金審議会は,審議会のみならず,最低賃金専門部会及び特定最低賃金専門部会の審議も公開し,また,その議事録等も,市民が容易に利用できるよう,インターネット上で公開するよう求める。
 ⑤ 厚生労働大臣及び山口労働局長は,非正規労働者を数多く組織する関係労働組合からも最低賃金審議会の労働者を代表する委員を推薦させ,また,生活困窮者の就労支援等を行っている団体の出身者及び社会保障法を専門とする学者からも最低賃金審議会の公益を代表する委員を選任するよう求める。
以上