会長声明・意見

任命を拒否された日本学術会議会員候補者の速やかな任命を求める会長声明

2020年(令和2年)11月30日
                      山口県弁護士会会長 上田 和義

 菅義偉内閣総理大臣は、令和2年10月1日から任期が開始される日本学術会議(以下「会議」という。)の会員について、会議が推薦した候補者(以下「候補者」という。)のうち6名を会員に任命しなかった。
 今回、会員に任命されなかった候補者はいずれも、社会科学系ないしは人文科学系の学識者であり、特定秘密保護法や安保法制や共謀罪創設などに反対を表明してきた人々であり、政府の政策に対して批判的な意見を表明したことが会員に任命されなかった理由ではないかとの疑念を生じさせている。

 このような疑念を生じさせていることは、それ自体が表現の自由及び学問の自由に対する重大な脅威となる。
 すなわち、表現の自由は個人の人格形成及び国民の政治参加にとって不可欠の人権であるとともに、表現行為によって不利益な決定がなされるときは、そのおそれがあるというだけでも表現行為を差し控えさせてしまうような萎縮しやすい人権である。
 また、学問の自由は、思想の自由及び表現の自由に包摂され保障されると理解される国が多い中で、明治憲法下において、滝川事件(刑法学説が自由主義的であるという理由で教授が休職を命じられた事件)や天皇機関説事件(天皇が国家機関であるとする学説が国体に反する異説とされて著書の発禁処分等がされた事件)などのように、直接に国家権力によって侵害された歴史を踏まえて、とくに現行の憲法に明文で規定されたという歴史がある。
 そして、会員の任命が学問の自由の問題として位置付けられることは、日本学術会議法(以下「法」という。)第3条に会議が「独立して」職務を行うとの規定があること、昭和58年5月12日参議院文教委員会において、中曽根康弘総理大臣(当時)も「学問の自由ということは憲法でも保障しているところでございまして、特に日本学術会議法にはそういう独立性を保障しておる条文もある」と説明し、また「学会やらあるいは学術集団から推薦に基づいて行われるので、政府が行うのは形式的任命にすぎません」と回答していることから明らかである。
 このように、政府の政策に対する批判的な意見又は研究発表を行ったために候補者を会員に任命しなかったとの疑念を生じさせるだけでも、表現の自由及び学問の自由に対する重大な脅威となる。
 現在までのところ、候補者を会員に任命しなかった理由について、政府は、はじめ、「総合的、俯瞰的」と説明し、次いで、憲法第15条第1項を指摘するが、前者の説明では抽象的にすぎるし、後者は後に見るように内閣総理大臣の自由裁量による任免を認める規定ではない。また、菅総理大臣は参議院本会議代表質問に対して「旧帝国大学といわれる7つの国立大学に所属する会員が45パーセントを占めている」等と会議の偏りを問題視する答弁をしているが、法にない基準を政府が独自に定立する問題の他、任命されなかった候補者のなかには私立大学所属の者、60歳未満の者、女性も含まれているため、この問題意識とも整合せず、明確に理由が説明されたとはいえない。

 会議が推薦した候補者を内閣総理大臣が任命しなかったことは法第7条第2項に反して違法であり、6名の候補者は速やかに会員に任命されなければならない。理由は次のとおりである。
 第1に、法は上述のとおり会議の独立性を定め、その独立性を前提として、政府からの諮問(法第4条)、政府への勧告(法第5条)、資料提出等を求めること(法第6条)ができるというのだから、法律上、会議の政府からの独立性が求められており、総理大臣が会員の任命を拒否できるとすればその独立性が害される。
 第2に、会議の職務は、科学に関する重要事項の審議等であって(法第3条)、科学は客観的真理を探求するものだから、多数決原理に立脚する民主主義的統制に馴染まない。だからこそ、上記のように法は会議の独立性を定め、会議が「優れた研究又は業績がある科学者のうちから」候補者を選考し(法第17条)、その推薦に基づいて内閣総理大臣が任命するとされている(法第7条第2項)。「基づいて」という法文上も、また上述した会議の独立性に照らしても、推薦された候補者を内閣総理大臣が任命を拒否することは許されない。
 第3に、政府による従来の説明をみても、上述のとおり中曽根康弘総理大臣(当時)により「政府が行うのは形式的任命にすぎません」等と説明されたほか、昭和58年5月10日参議院文教委員会においても「そのまま総理大臣が任命するということ」「全くの形式的任命」「法令上もしたがってこれは形式的ですよというような規定」との政府答弁がなされ、平成16年1月に総務省が作成した資料にも「学術会議から推薦された候補者につき、内閣総理大臣が任命を拒否することは想定されていない」と記されている。
 第4に、憲法第15条第1項は任命拒否の根拠とならない。すなわち、同条項は「公務員を選定し、及びこれを罷免すること」が主権者である国民の意思に基づくよう法律で手続きが定められなければならないことを求める規定であり、上記のとおり法はすでに会員を任命する手続きを定めているのだから、内閣総理大臣は法第7条第2項に従って会員を任命しなければならないのである。
 このように、6名の候補者らを会員に任命しなかったことは違法である。

 以上から当会は、任命を拒否された日本学術会議会員候補者6名の速やかな任命を求める。
以  上